2009年08月21日

「ひな」快走

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いささか旧聞で恐縮、去る7月19日に瀬戸内海の小島、弓削島にて「瀬戸内ヨットミーティング」が開催された。帆船「ひな」も処女航海から2年目の夏を迎え、帆艤装も幾度かの改良が施され操船性能も向上して来たので、ヨットミーティング海域で公開帆走することになった。

遙か昔の小型帆船を再現した「ひな」が現代のヨットレースのなかに「闖入」するシナリオである!ナニが起きるかお楽しみ!

レースが行われる弓削島松原海岸迄は「ひな」の艇庫がある鵜島から凡そ10海里の航海。当日の朝の潮流は前半が連れ潮(潮の流に乗り進むこと)後半が向かい潮(潮流に逆らって進むこと)だ。

行程5海里ほど進んだ辺りに潮がぶつかり合い複雑な流れを作り出す難所があり、航海の前半は追手風満帆と補助エンジン機走とで凡そ10ノットほどの快走だったが、後半は潮の流れに逆らって進ので極端に艇速が落ちる。

進行方向左手に佐島が見えてきた頃、潮の流れが変わり向かい潮と追い風が作る三角波が行く手を阻む、風は3〜5ノットの追い風だが潮流は3ノット程度の向かい潮、「ひな」は進んでいるように見えるが左手の佐島が一向に動かない。

それではと、潮の流れが弱い佐島の海岸線近くに進路を取り直した、追い風も弱まったが補助エンジンの推進力では5ノットそこそこの走りである。このようなことで、弓削島へ辿りに着いたのは鵜島を出てから1時間半余りのことである。

「ひな」は10海里の航海を終え、レース海域に乗り入れた。こちらはレースにエントリーしたわけでもないのでマーカーを目指して帆走しているレース艇に邪魔にならないような場所でのんびり帆走しているだけなのだが、ユニークな船体がとても目立つ。

取材クルーを乗せたTVカメラ搭載艇がめずらしい形の「ひな」に接近して来る、近寄ってきたレース参加艇ともエールの交換をする。洋上で挨拶しながらあちこちと気ままに帆走しているウチに風が強くなり始め、「ひな」は縮帆し機走に切り替え、支援船のパワーボート共々松原海岸沖に停泊した。

この日は松原海岸の海開きでもあり、午後のイベントのひとつに子供達を「ひな」に座乗させ「櫓船体験」楽しんで貰うプログラムがある。櫓漕のために補助エンジンを取り外し二丁の櫓が着装され、「ひな」は帆走クルーから櫓漕ぎクルーへと入れ替わった。

櫓船体験は「木の船」を見たことのない子供達に大評判、子供と一緒に乗船したお父さん達も櫓漕ぎ体験を楽しんでもらい、大いに楽しんだ一日を過ごしたのです。

好事魔多し!帆走クルーと櫓漕ぎクルーとが入れ替わったそのとき、クルーの一人が沖合に助けを求めるカヌーを目撃した。ヨットレースが終わった時刻から西風が強さを増し、カヌーが転覆したままどんどん沖合に流されている!

帆走クルー、と言ってもぼくと嫁さんのペアなのだが、ぼくと櫓漕ぎクルー(鵜島の櫓人と神戸大櫂伝馬クラブOB)の三人が「ひな」に乗り込み、嫁さんを陸に残し救助に向かった。

のろけ話みたいだが、彼女を陸に残したので大事にならなかった、そのことは後述するが、二重遭難を未然に防げたのだ!さて、救出劇の一部始終をお話ししましょう。

鵜島の櫓人こと「逸ちゃん」は鵜島生まれの鵜島育ち、現在は今治市内で船舶会社のオーナーだが、櫓船を漕がせたらこの人の右に出るものはいない、そればかりか、エスキモー並みに眼力がある。遙か沖合で波のまにまに見え隠れしている白いものが転覆した舟と助けを求めている二人であると解ってしまうのだ、これぞ正真正銘の海人櫓人!

東の沖合に流されている、転覆して波間を漂う二人は直線距離にして500メートル程だろうか。こちらが救助に向かおうとする前に、その海域に他の船はいない、ヨットレースが終わりほとんどの動力船が、島の反対側にある弓削港に回航したらしく、広い海原には遭難している二つの白い船体にしがみついている二人だけ、その遙か沖合を大型船が航行しているが10海里も先だ!

「ひな」は櫓漕ぎ体験のために船外機の補助エンジンを降ろしているので、遭難現場に行き着くためには帆走するのが最も早い。遭難者は東南の方向に漂っている、「ひな」は右後ろからの追い風を受けてドンドン進み現場に到達するのに5分と掛からなかった。

果たして、一人乗りのカヌーが2杯転覆していて、若い男の子がそれぞれにしがみついていた。帆を下ろして船足を留め「ひな」に遭難者を引き揚げカヌーを2杯繋いで、櫓漕で帰航しようと試みた。

その時間、潮の流れは沖合南から東、風は向かい風の西から東、五人が乗り込んだ「ひな」は沈み込み船足が極端に落ちる。その上向かい潮と向かい風である、舟は進むよりも風に押し戻され潮に流される方が強くどんどんと沖合に流される・・・このままだと二重遭難しかけない。

船外機を積んでいれば機走して帰航出来たかも知れない、帆を上げても潮の流れが早くて陸からは離れてしまう。こうなったら携帯電話で救助を求めるのが、賢明である。

文明の利器!マサカの時の防水携帯電話!神様仏様奥様!ぼくはカミさんに助けを求め、鵜島の櫓人はヨットミーティング大会本部に救出を求めたのである。

最初にカミさんの乗ったパワーボートが到着して「ひな」を曳航した、風は益々強まり波頭が白く砕け始めて海は荒れ始めこうなると曳航するのも簡単ではない、程なく大型の警戒船も弓削港から現場に駆けつけたので、2人の遭難者に「ひな」から警戒船へ乗り移って貰い舟を身軽にして松原海岸に帰港した。

上陸して海を振り返ると海原は立派に荒れていて、鵜島の櫓人が彼らを見つけなかったらかなりやっかいなことになっていたなあと、思ったのでした・・・まあ、一件落着かな。
posted by さいもん at 00:38| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
偶然と幸運の救出劇でした。瀬戸内海の難しさがよく分かりました。
Posted by 西の空 at 2011年09月14日 19:00
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