2009年04月04日

ご無沙汰・・・恐縮・・・

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↑ この写真は神戸大学の伝馬船同好会のメンバーが鵜島で09年春の合宿を行ったときのスナップである。鵜島の南海域で帆走訓練した後に、帆を降ろし櫓を立て能島の潮流を漕ぎ渡り、いま当に村上水軍城址能島へ上陸しようとするところ。クルー全員が接岸地点を凝視してしている、接岸こそ船乗りの技量が試されるところなのである。

そうそう、アッという間の半年でした!ブログを書く材料がなかったわけではなく有り過ぎるぐらいだったのだが、書く気がなかったみたいです。ブログ書いているよりもドラマチックな海の物語が有ったものだから、充足されちゃってすっかり疎かにしてしまったのである。一息ついたのでここで数日で半年の出来事を書き上げることにしましょう。

↓ 下の写真は昨年10月初旬、未だ帆桁が艤装されていない「ひな」が艇庫からスロープの上を曳きだされて洋上に浮かんでいるところ。後ろの建物は舟宿「ひな」(と言っても御宿「かわせみ」のような美人女将がいる訳でもなくまして宿屋でもなく、舟の番小屋である)と瀬戸内和船工房の艇庫、季節は秋の晴れた日、瀬戸内の離れ小島にはいつでも静かな時間が流れているような海がある・・・・

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↓ 三枚目の写真は帆柱を立て一枚帆を上げたときのスナップ。夕凪の時間は風が殆ど無いので帆を組み上げて艤装の確認を行っているところ。船尾に座乗している人影から舟の大きさが測れると思うが、帆船「ひな」は一枚帆二丁櫓帆柱高6m80cm艇長7m40cm幅2m10cm総重量1200kg定員7名の純木造船である。

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↑ いまは砂浜に座っている状態だが、満潮になると舟は浮き上がり航行することが出来る状態になる。木舟なので昔からそうしていたように砂浜に曳き揚げておかなければなりません、長時間海水に浸っていると船虫に喰われて船腹に穴が空いてしまうのです。おおなんと恐ろしい!

さて、帆走の話しを続けましょう。「ひな」などと可愛らしい呼び名が付けられたけれど、彼女の形は源平合戦の時代の戦闘艇なのである。

↓ 下の写真で説明すると、「ミヨシ」(前甲板、クルーが立っている場所)に楯を置き弓を引く場所である。「ひな」の場合には櫓が二丁付いていて面舵櫓(右舷)と取舵櫓(船尾)である、従ってこのタイプの舟は挟撃戦の場合に左舷側に敵の舟を見て戦闘する攻撃力が優れている。弱点は右舷である、敵船から右舷に寄せられると面舵櫓が使えなくなってしまい、運動能力が半減する。

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まあ、この様な源平時代の海戦をのことを考えて戦闘艇を再現したわけではないのだけれど、二丁の櫓を使い「ひな」を漕いで見ると源平時代の海戦がイメージできるので述べたまでである。

帆柱を建て帆を上げて風を入れ海の上を走ってみるといいろいろなことが見えてきて面白い、そのお話しはコラムを替えて続けます。


posted by さいもん at 23:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記