2008年10月20日

「ひな」帆走

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バンクーバーではこのような日を「インディアンサマー」と呼び、小春日和には未だ少し早い秋晴れの穏やかな一日のこと、瀬戸内海で愛艇「ひな」はやわらかな日差しとゆるい秋風を一枚帆に受け海面を滑るように走りだした。

小早舟二丁櫓帆掛の黄金色に輝く船体は水飛沫を上げて、帆船としての処女航海を迎えたのだった。ことここに至るまで、足掛け三年を費やしての帆走だった。船体の和船は源平合戦の絵巻物にも出てくるような戦闘艇「小早舟」に当時の一枚帆を再現した船である。

昔の舟を再現した酔狂を"どうするつもり"と言われそうだが、成り行きでこうなったまで深い意味はない。そのようなことよりもうれしかったことは、小型帆船「ひな」が設計通りの運動性能を発揮して安定したセーリングを見せてくれたことである。

「ひな」は一枚帆なので風上に向かってタックする「上手廻し」が出来なくて、風下にジャイブする「下手廻し」しかできないのだが、僅か3艇身ほどで反転する運動能力には艇を設計制作したぼく自身が驚いた!

ことここに至るまで、「ひな」の帆走は計画通り進まなかった、それは帆走処女航海が1年半も遅れてしまったことだが、なかなか思い通りに行かないこともあったし、生来が"ゆるキャラ"のぼくなのでなかなか進まないのだ。

「ひな」の基本設計はぼくが行い、板図(実施設計)と造船は舟大工頭領渡辺忠一さんが作事した、とここまでは二人の共同作業だったが、二丁櫓として進水した後、帆船艤装はぼくがひとりで担当することになっていて、詳細設計が大幅に遅れてしまったのだ。

中世の瀬戸内を走り回った小型帆船、と言っても絵巻物や屏風絵とか水墨画とか文人画などでしか見たことがない。そいつを再現してやろうというのだから、「見てきたようなこと」を行わなければならない。

山水画に小さく一艘の小舟が書かれている、その一艘の舟がなければ「画竜点睛を欠く」ことになる、ので、山紫水明に小舟は欠かせない。しかもその小舟には一枚帆が掛けられている。

子供の頃、よく遊びに行ったお寺の庫裡に掛けられていた掛け軸の中に描かれた小舟は透明感のある空間に漂っているかのように見えて、ぼくの淡い記憶に残っている。

マサカとは思うでしょうが、半世紀の後にその淡い記憶を再現したのが"「ひな」の帆走"なのです。コレ作り話みたいな本当の話です。

閑話休題

「ひな」の帆走ビデオはYouTubeで見ることが出来る、以下のURL

http://jp.youtube.com/watch?v=GAXal3qEziY

http://jp.youtube.com/watch?v=DzXNmsifukA

にて、ご覧じろ。今日はここまでこの稿続く@西門寺
posted by さいもん at 19:02| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記