2007年10月27日

巧みは細部に宿る・・・

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秋の祭りに舟を降ろした。島の中央に位置する鵜島神社から神輿が担ぎ出され、港で祝詞を上げた後に「ひな」に載せられて櫓走し島の南端に位置する福島神社に洋上から詣でた。その後、神輿を載せたまま島の南西にある岬を一つかわして小濱から揚陸され、御輿は海端から舟宿「ひな」の敷居を跨いだ。

島の人々は、幾久しく和船に据えられた神輿が、謳い上げる音頭と共に海航するさまを見てはいなかったので、その姿を見て懐かしんだ。秋の一日「海事」は深夜まで続けられ翌日、「ひな」には帆柱が立てられ暫く小春日和のやわらかい陽に晒された。

帆船艤装・・・実はこの春から、まったく悩ましい限りの日々が続いている。愚かにもぼくは、明治時代の帆掛け舟はきわめて単純な仕組みなので、帆桁を艤装することはそれほど難しいことはないだろうと思っていた。

しかしながら、風の力を推進力に替える仕掛けは理解していたが、明治時代の小型帆船を再現するに必要な知識と技は全く持ち合わせてはいなかったのだ。ぼくが知っていると思い込んでいたのは、若いころのセーリング体験から得た知識だけだ。

ヨットの艤装はその技術的な系譜を西洋の帆船の歴史に由来するのだから、それを真似て和船に持ち込んでも原理原則的なところは変わらないけれど、細部では和船と西洋のセールボートとは異なる。船でさえもまた、西と東は出遭うことはないのである。

古くから日本近海を行き来した小型帆船は、千石船とか北前船とかの船大工の集団が伝承してきた洗練された完成度の高い技術とは全く違って、小型の帆船は恐らく、その地方の船大工と漁師との合作であり、経験則で「巧みにこしらえられた帆掛舟」だったのではなかろうか・・・と考えるようになった。

・・・僅か百年足らず前のことなのだけれど、この国の小さな帆船の記憶は殆ど残っていない・・・

例えば、帆柱と帆桁を結束するには幾通りかの方法が有る、しかしどの方法を選ぶのかは、その地域特有の風や船の形や船頭や船大工の好みなどがあり、船それぞれに微妙な違いが有るはずだ。

工業製品化される以前のものづくりを体験してみると、知恵の迷路に放り出されたような途方もない日々を過ごすことになる・・・目の前に帆桁に使う竹がある、この竹一本をとっても切り出す時期が違えば弾力性や強度が違ってくる、なんてこと知らなかったぜ!

ものを作ると言うことは、小さなこと一つ一つがちゃんと出来ていなければならないという教訓をあらためて思い知る。全体は細部から作られて、巧な技はその細部に現れてる。

腕の見せ所とは、素人の解らないところにちりばめられていて、職人は良い仕事をした後なんか、何喰わぬ顔で道具を片付けていたりするものである。だから!ちょっと足りないぼくには「巧」が見えていないのではなかろうか・・・う〜ん、どうしよう・・・

閑話休題

孤島のインターネット装置は秋口に突然変調を来した。ファームウェアにセキュリティーホールが見つかり、子機から親機のファームをリモートでバージョンアップをするという「これぞまさしく離れ業」を敢行して成功させたが、クールダウンしてリセットをしなかった所為かイマイチ調子が悪い。

そうこうしているうちに、アレヨアレヨという間にPCが死んでしまいパニクッて東京へ戻り体勢を立て直した。セキュリティーホールのリポートが遅かったためかも知れない。頼みますよ「猛牛ちゃん」!

加えてどうやらこの猛暑で無線装置の部品が劣化してしまったらしく、涼しくなった彼岸過ぎに完全に死んでしまった、潮風と高温が経年劣化を早めたのだろう。無線装置のご臨終間近の頃は通信速度が極端に遅くなり計測できないほどであった。

なんと、投資額10万円を超すプライベート無線装置が僅か半年しか使えないとしたら、これは切り捨てられた地方を象徴する様な出来事である。ああ、NTTは鵜島にインターネットインフラを未来永劫作らないのだろうか・・・

全体は細部が造り上げるの例え。小さなものごとがちゃんと出来ていないのに全体が出来るわけがない。それと同じで、全国津々浦々の小さな村や町を切り捨てて、この国が国であろうことはない。
posted by さいもん at 00:57| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記