2007年05月16日

帆船浪漫

tomo-ship.jpg

一枚のセピア色の写真、恐らく大正か昭和初期のものではないかと思われる。瀬戸内海は潮待ち港「鞆の浦」、うたせ舟の帆を上げて乾かしているのだろうか・・・帆に風が入っていないので夕凪の時刻だろう。未だ木造の漁船にエンジンが搭載されていない時代の貴重な写真だ。

このうたせ舟のことを地元の人は「アイチケン」と呼んだらしい、船大工が大型の万力を「エゲレス」と言ったように、ものの名前はそれが何処から来たかを直裁することがある。鞆の浦海域のうたせ舟は愛知県の三河湾辺りから到来した船体と漁法と思われる。

帆船と言っても、うたせ舟の場合は底引き網を曳く為に帆を上げるので厳密な意味で帆船ではない、しかし、追い手(追い風)の時に縮帆(帆を下げて小さくする)して「帆待ち稼ぎ」する程度に帆は使われたと筈である。

「ホマチ稼ぎ」とはここから来ているのだ、すなわち、順風で櫓槽することなく船を進めるということに由来する。余談ながら、順風満帆ではない、うたせ舟のようななりの大きい帆を満帆にして風の強いときに追い風状態で帆走したら水押(ミヨシ、船首のこと)から沈んでしまうのではないだろうか。

さて、写真の舞台となった鞆の浦である。瀬戸内海は東西長い、西方は豊後水道から潮が満ちてくる、東方は明石海峡と鳴門海峡だ。西と東から満ちてくる潮は鞆の浦海域で落ち合うのでその辺りは潮の流れが無い、満ち潮でも引き潮でも潮流はほとんど無いのである。

下関から大阪湾への航路は、上げ潮を捉まえれば鞆の浦まで流れに船をまかせて行ける。鞆の浦からは今度は下げ潮に乗り明石海峡を通り大阪湾へ出るのが省エネ航法である。すなわち潮の満ち干を利用して潮流を川に見立てて川下りの要領で船を進める。上げ下げの潮の分かれ目が鞆の浦で、そこで潮待ちをすることになった。

そうなんです、潮待ち港「鞆の浦」は古事記や日本書紀にも登場する黎明期の文明の交差路のような土地柄なのです。

話しはワープ!

信じられないことだが、この歴史的に意義のある鞆の浦の文化遺産である港や町並みを埋め立てて架橋するという蛮行が地元自治体レベルで敢行されようとしている。ただただ呆れるばかりだ、この国の行政府の人間はいったい何を考えているのだろうか・・・

NPO鞆まちづくり工房 のメンバーは世界遺産クラスの歴史保存のために活動を広げている。およばずながらぼくもメンバーの一人だが、せめてこのブログを通じて広く世の中にこの愚行を知って貰い、破壊活動がストップされることを願ってやまない。

この問題は、有志が地方自治体を提訴するというかたちで推移している、こちらも併せてご覧じろ。





posted by さいもん at 13:52| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2007年05月10日

孤島の通信インフラ

sailB-hina.jpg

舟宿「ひな」の建築と帆船「ひな」の造船とに追われて、瞬く間に時が過ぎてしまいました。なんと3ヶ月目のブログは、インターネット通信システム設置・接続状況のリポートからです。

既述したように鵜島ではADSLやISDNは使えないので、最初にADSLが利用できる大島に電話を設置してADSLを使えるようにする、場所は鵜島の舟宿「ひな」が一望できる大島宮窪町の古民家だ。この場でのADSL接続をプライベートな無線LANで直線距離1.2キロを結ぶという計画である。

大島の古民家と鵜島の舟宿との間には遮るものは何もない、能島の潮流が干満の間に音を立てて流れているだけである。親機と子機のLANケーブルの先に無線の受発信装置を付けてデータを「飛ばす」のである。

この様なシステムを構築するにはいささかノウハウが必要なので、東京でビルドして屋内での接続試験も確認し、装置一式を鵜島に送った。現地へ行き大島に親機をセットしアンテナを鵜島の舟宿に向けて取り付け、次にフェリーで鵜島に渡り、舟宿側に子機をセットし受信アンテナを大島の古民家の方向に向け取り付けた。

果たして、インターネット接続は未だ成功していない。原因を突き止めようにもフェリーが1日7便では、1日に1回の受送信試験するのが精一杯である。あれやこれやと一週間ほど接続テストしているうちに、どうやら無線LANのマシンが故障していることが判明した。なんのことはない機器の初期不良でり、これでは繋がるはずがない、膨大な時間と費用を掛けた結果がコレである。

もうウンザリ!そうこうしているうちに連休に入ってしまい休み明けに初期不良の無線LAN装置を送ることにした、なるほど、連休というのは日本列島全体が孤島になることなんだ。それはともかく、なあにイザとなったら音声モデムでナントカするさ、と思っていたのがチト甘かった。なんとまあ!音声モデムも使えないことが判明した。

NTTはいったいどういうつもりなのだろうか、島に土地を買ったときに尋ねたところが、当該の住所はADSLを利用できます、と言うことであった。しかしその後電話を設置してADSL契約を申し込んだときに、接続出来るか否か調査しますとのことで、その結果、ADSLはダメですがISDNは問題ないと言うことであった。それでは次にISDNを申し込んだら、再び調査すると言って、ISDNはダメですが音声モデムはOKですという。

ところが、今度は大島と鵜島の間は海底ケーブルではなく「ワイド無線」なのでモデムも使えませんということだ!いったいどうしてこうなっちゃうのだろう・・・ついでに書くけれど、鵜島では一般電話も3〜4回に1回ぐらいの割合で雑音が非道くて聞き取れないことがある、急ぐときには仕方がないからDoCoMoのなかなか通じない携帯電話を使ったりしなければならない、雑音もワイド無線が原因ですとのことだ!だったらせめて満足な電話が出来るレベルにそれを改善してくれ!

まあね、NTTだからこの様なこともあろうかと思い、いざというときにこちらがキレないように、この3月末に東京へ戻った時に20年以上使い続けてきたDoCoMoにサヨナラし良く繋がるauに乗り換えて、EZWebやPCメールを携帯電話のWeb接続で読み書きできるように先手を打って置いたのだ、この判断は我ながらアッパレだと思う。

面白いことに、au携帯インターネット接続でコミュニケーションするようになってから、PCの前に座っている時間がもの凄く短くなった。ブロードバンドが未接続の結果、マシンの前に長時間座ることがなくなり、少し大袈裟だが新しい世界が見えてきたような気がしている。

ぼくはまもなく還暦を迎えようと言うときに、ようやくのこと「ネットオタク」から脱皮して本物の「船頭」になりそうである。なんか話しがワープしたけど、以上が接続状況の中間報告です。

次に舟宿「ひな」のことと。知人の多くはぼくが瀬戸内で民宿でもはじめるとおもっているみたいだ、無理もないことだろうと思う。御宿「かわせみ」とか舟宿「ひな」とかの語感からは粋な姉さんとかお内儀がのれん越しにヒョイと現れそうだからね。

しかしそうではない、舟宿「ひな」は和船の艇庫と工房が一緒になった施設ようなものと思えばよい。そのようなことなので、当然のことながら「宿泊予約」などは受け付けていない。

瀬戸内和船工房にせよ、鵜島一丁櫓競漕大海にせよ、舟宿「ひな」にせよ、「船頭・ひな組」にせよ、すべて趣味の世界と言おうか、「和船ごっこ」と言おうか、単なる舟遊びなのである。

しかし、半端な遊びをするつもりはなく、今度はお仲間達と「瀬戸内和船同好会」という倶楽部を設立することになった。帆船「ひな」を出航させるためには数人の手練れがいなければ「和船体験」が出来ないからで、そのためには和船愛好家が集まって力を合わせなければ舟遊びすることが出来ない。

さて、帆船「ひな」のことです。進水式は5月30日と決まり船体は最後の艤装に入っている、進水の後は鵜島の舟宿に曳航されいよいよ帆柱と帆の艤装が始まる。この船体は暫く、復元力試験のために帆柱の先端にロープを付けて引き倒してみたりしながら帆の面積を計算したり、二丁櫓で能島の潮流を横切ってみたり、滑ったり転んだりしなければ、往事の帆船は再現できない。

帆船の古い写真や舟の博物館に残された資料などを元にしながら、船体構造を再現しその上に帆を艤装する、と言葉にすれば簡単なのだが、トコトンやるとなればそりゃもう大変でこれから先は体力勝負かなあと思っている今日この頃、皆さんいかがお過ごしでしたか・・・

瀬戸の船頭@東京にて

posted by さいもん at 22:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記