2006年11月24日

二丁櫓帆船

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こんにちは皆様、話題がないわけではないのですが、ついぞお久しブログになってしまいました。今回は明治時代に瀬戸内で活躍した小型帆船の復元のお話しです。

瀬戸内和船工房四杯目の和船は、二丁櫓一枚帆の伝馬船です。この7月末に造船に着手してから4ヶ月目にしてようやくその姿が見えてきました。数少ない明治時代の資料と船大工棟梁の経験と一応若い頃にはケッチをシングルハンドで操っていたぼくの帆船経験(自慢話なんだけどねここんとこ)などを寄せ集めて、試行錯誤を重ねながら何とか船体を造り上げ、いよいよ甲板を張るところまで漕ぎ着けたのである。

写真の棟梁の渡邊忠一さんがどことなく満足げな顔をしているのは、もう殆ど船体は出来上がっていて、あとは甲板を張ったり飾り物の細工をしたりと言う楽しい作業が残っているだけだからだ。どことなく、あとは西門寺君のお手並み拝見だね、と言う風にも見える。なぜなら、帆の部分はぼくが造る約束になっているからだ。

この舟で一番迷ったのが帆柱の位置である。棟梁は帆船については全く経験がなく若い頃、帆掛け船を一度だけ造ったことがあると言う、帆船と帆掛けとでは帆柱の位置が違う。しかし、帆船も一枚帆ではジブセールを持つヨットなどとはマストのこれまた位置が違う。その上、帆船にはバラストキールがない!転覆したら復元力はないと言う代物である。キミならどうする、ああ誰かおせーて欲しいもんだ!

兎にも角にも、マストの位置をエイヤで決めて船体はほぼ出来上がった・・・もう後戻りできない状態で、帆の部分を担当するぼくの出番になってしまった。このようなことだったので、ここ暫くは模型の帆を造り風の強い日には浜にでていろいろとテストを繰り返していたのだ。

・・・う〜ん、まだまだこれからがこの帆船の正念場なんだけれど・・・

この話続きます。

明日から師走・・・このテーマを今月中にまとめなきゃと思っている。

・・・う〜ん!と唸っていたら、土佐の天狗こと芝藤さんが助けてくれた。やはり舟繋がりはいいね、なんてったって「助け船」だからね。
URL→ http://diary.jp.aol.com/applet/556hcmcxuny/20061130/archive
話しは一転して、この際また土佐へ行き、いろいろと教えていただくことになった。師走には寒い12月から一路南国土佐へ。
posted by さいもん at 20:04| Comment(0) | 日記